#26

取り付く島もない…暇がないわけじゃない
頼る手がかりもなくどうしようもない、そっけなくて話をするきっかけもつかめない、
という意味。海でおぼれている人が取りすがる島もないという様子をたとえたものだ。
相手に取り合ってもらえないのは、忙しくて暇がないからか、などと連想を働かせて
しまうと、「取り付く暇がない」と誤用する。
東京・下町では「ひ」が「し」に、関西では逆に「し」が「ひ」になりやすいなど、
「ひ」と「し」の発音は混同されやすいことも、間違える原因の一つかもしれない。
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愛に生きた善妙 鎌倉の僧動かす
善妙という若く美しい女性がいた。
7世紀の中国、唐時代の話である。ある日、彼女は一人の僧と出会う。
朝鮮半島の新羅から勉強に来た義湘(新羅における華厳宗の祖)だった。
ひとめぼれした善妙は「私の妄情を遂げさせて」と迫るが、
求法の志を聞いて改心し、「必ずお力になります」と誓う。
やがて義湘は修学を終え、善妙に逢(あ)うことなく新羅へ船出した。
これを知って大泣きする善妙。やがて海に身を躍らせると大きな龍になり、
義湘の船を背中に乗せて新羅まで送り届ける。さらには、大きな石になって浮かび、
妨害者を追い払って義湘に寺を建てさせた。これが今も残る浮石寺である。
高山寺(京都市)には善妙を主人公とする絵巻や愛らしい善妙の像が伝わっている。
絵巻の詞書には、善妙への愛によって制作したとみえる。
この絵巻を制作したのは鎌倉時代の高僧・明恵上人である。
明恵が創建した高山寺の傍らには善妙寺があった。
承久の乱で夫を亡くした女性が住んだ尼寺である。
明恵は善妙寺の尼衆のひたむきな修行を讃(たた)えている。
愛に生きた善妙の人生が、時空を越え、鎌倉時代の人々を動かした。
絵巻では、船に乗る義湘の顔が惚(ほう)けたようで生彩がないのに対し、
善妙はいつも生き生きとして魅力的である。
(西山 厚・奈良国立博物館資料管理研究室長)
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一段落…「ひと」でなく「いち」
「いちだんらく」が本来の読み方。
「一段落」と似ている意味の「一区切り」が「ひとくぎり」と読むことに
引かれるせいか、「ひとだんらく」と読まれることも多い。
「ひとだんらく」ともいう、と注記している辞書(集英社国語辞典)もあるが、
文化庁の「言葉に関する問答集」では、「『ヒトダンラク』は許容としては認められても、
普通の言い方としては『イチダンラク』を採るのが穏当であろう」として、
「いちだんらく」の読みを推奨している。
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生命保険金契約額
「1件当たり」20年で3倍
日本人の生活スタイルや価値観とともに、生命保険へのニーズも変わってきた。
バブル経済のころは、着実にお金をためようという「貯蓄型」が人気を集めたが、
超低金利の長期化とともに遺族に保険金を残すための「死亡保障型」にいったん主流が戻った。
今は病気や介護が必要となる時に備える「医療保障型」へのニーズが高い。
契約1件あたりの保険金額も増え、1980年に平均464万円だったのが、
20年で3倍近くになった。これは物価の伸びより大きく、
それだけ将来の生活に不安を感じる人が増えていることの表れだろう。
ただ、保険会社の経営への不安や、収入減による家計の切り詰めなどにより、
生命保険への加入件数は年々減る傾向にある。
実際の運用成績が契約者に約束した予定利率を下回る「逆ざや」に頭を痛める
保険会社にとっては、保険料収入の先細りがダブルパンチとなっている。
契約1件あたりの
平均保険金額
464万円
(1980年度)
↓
1164万円
(2000年度)
*財団法人生命保険文化センター調べ
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とどのつまり…ボラが出世してトドに
「とどのつまり、何も起こらなかった」というように、
「つまるところ」「結局は」の意味で使うが、この「とど」は魚の名前。
卵巣の塩漬けが「からすみ」として珍重されるボラが成長したものだ。
ボラは成長するにつれて違う名前で呼ばれる出世魚といわれる魚で、
稚魚の段階から、ハク、オボコ、イナ、ボラなどと変わって行き、
一番大きくなったのをトドと呼ぶ。いろいろあったけれど、
最後はトドに行き着いた、というのが、「とどのつまり」なのである。

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