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#21







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きら星…多くの優れた人を指す言葉



 「きらきら輝く」から「きら星」なのではない。「きら」は「綺羅」と書く。

「綺」は綾織りの絹、「羅」は薄絹で、華やかで美しい衣服のこと。

そうした衣服をまとった優れた人々を指す。

 そんな人々が星のように多く集まったのを、「きら、星のごとく居並ぶ」と

いったもので、本来は、「きら」で区切っていう言葉だ。

 語源が忘れられた今、「きらぼし」と続ける言い方はもはや誤りとはいえないが、

そもそもの意味からいって、一人や二人を指して使うのは避けた方がいい。



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サンピン・ピンキリ



 江戸時代、身分の低い侍や若党を見下してサンピンと言った。漢字で書くと「三一」。

一年の給与が三両一人扶持(ぶち)しかないことからである。

給与が三両一分だからという説もある。いずれにせよ、そうした

身分の低い侍を「サンピン侍」「サンピンやっこ」とも言い、その省略形がサンピン。

 「一」をピンと言うのは、ポルトガル語の「点」を意味する語、ピンタに由来する。

カルタやさいころの一を表すのに使われた。「ピンからキリまで」のピンも同じく一の意。

 なお、「キリ」については十字架のクルスからとの説がある。

十字架の十で、ピンからキリまでが、一から十までになるというわけである。

しかし、十六世紀の天正カルタ(ポルトガルのカルタを日本風にしたもの)では、

1から12までの札があり、1をピン、12をキリと称している。

それからすると極限のキリの意味と考える説のほうが有力であろう。



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土用の丑…「鰻は薬」で大繁盛


 土用の丑(うし)の日は、多くの家で鰻(うなぎ)を食べる。百貨店でも「土用鰻」

が大量に売り出され、鰻屋もまた大繁盛する。この土用は夏の土用である。だが、土用

といえば夏だけではなく、春・夏・秋・冬のそれぞれにある。いま土用といっているが、

本来は土旺で、それがなまったのだといわれる。「旺」というのは盛んなという

意味なので、それぞれの季節のもっとも気の盛んなときということになる。

 土用は十八日間(十九日間の年もある)。暦の上で土用とされている日は正確には土用

の入りの日であり、この日から気の盛んなときが過ぎると、次の日から季節が変わるのである。

だから春の土用が終わった翌日が立夏で、夏の土用が終わった翌日が立秋である。したがって、

立秋の前十八日間が夏の土用ということになる。ちなみに今年の土用の入りは七月二十日で、

ちょうどこの日がまた丑の日になる。したがって、立秋は八月八日になる。

 冬の土用のころは厳寒で、夏の土用はまさに酷暑のころである。こうした時期には身体が

弱るので、栄養のある食事をせねばならないというので、食べられるようになったのが、夏の

土用の鰻である。実際に土用に鰻を食べるようになったのは江戸時代であるが、鰻が栄養ある

ものだということは、すでに早くから知られており、

『万葉集』で大伴家持が「痩(や)せたる人を嗤咲(わら)う歌二首」に

 石麿(いはまろ)にわれ物申す夏痩(やせ)に良しといふ物そ・むなぎ取り食(め)せ

 痩す痩すも生けらばあらむをはたやはた・むなぎを取ると川に流るな

と詠んでいる。当時、鰻は「むなぎ」と呼ばれ、漢字では「武奈伎」「牟奈伎」と記していた。

 鰻ははじめ塩で味付けして食べたようであるが、室町時代の末ごろから蒲焼(かばやき)の方法

が生まれた。近江の宇治川産の鰻を丸のまま焼いて、酒としょうゆで味をつけ、山椒味噌などを

つけて出された。それを「宇治丸」と呼んだという。それがまた蒲(がま)の穂に似ている

ところから、「蒲焼」と呼ばれるようになったのである。

 ◆武士は切腹を好まぬ!? 江戸は背裂き

 この蒲焼ははじめ上方料理としてはやったが、江戸時代の中ごろに江戸に入り、

上野不忍池ノ端や深川八幡の門前などに鰻屋が並ぶようになった。

このころには、上方では鰻を腹から裂き、頭・尻尾(しっぽ)のついたまま素焼きにして

タレをつける地焼きであったが、江戸では素焼きにしたのをまず蒸して脂をぬき、

頭を落として二つに切ってから竹串に刺して焼く方法がとられた。鰻を開くのに上方は

腹裂きだが、江戸では背裂きにする。それは串刺しに便利であったからだという。

だがもう一説に、江戸は武士の社会なので、武士は切腹を好まなかったからだともいう。

なお、つけ焼きにする方法も上方からはじまったといわれる。

 ところで、土用鰻の風習のひろまったのは、鰻料理が江戸に入ってからであることは

いうまでもない。そのおこりについてもっとも有名な説は、神田和泉橋の鰻屋が売れ行き不振で

困っていた。そこで馴染みの客である平賀源内に相談したところ、「土用の丑の日の鰻は薬になる」

と書いてくれた。これを店の前に張っておくと大いに繁盛したとも、源内が看板をたのまれて、

「今日は丑」と書いたのが大評判となったともいう説である。

 また、狂歌師大田南畝(なんぽ)(蜀山人)が、土用の丑の日に鰻を食べれば病気にならない

という意味の狂歌をうたったことからはじまったという説もあるが、春木屋善兵衛という江戸の

鰻屋が大量の注文を受け、子の日、丑の日、寅の日の三日に分けて鰻を焼いて保存しておいた

ところ、丑の日に焼いた鰻だけが色合いも、風味も変わらなかった。そこで、丑の日に焼いた

鰻だけを納め、土用丑の鰻の元祖として看板をあげたことにはじまるという話が、

『江戸買物独案内(えどかいものひとりあんない)』(一八二四年刊)にある。



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なぜ、はちみつは固まる



(Q)

はちみつを長い間置くと、固まってくるのはなぜですか。

硬くなったはちみつの使い方を教えて下さい。



(A)

 全国はちみつ公正取引協議会に聞きました。

はちみつの主成分であるブドウ糖が結晶するためです。

アカシアのはちみつは、ブドウ糖より果糖の量が多いので固まりにくく、

菜種のはちみつは、ブドウ糖の量が多いので固まりやすくなっています。

一般にブドウ糖の量が果糖より多いと固まりやすいといえます。

 また急に温度が下がったりすると固まりやすくなります。結晶しても味には問題ありません。

 硬くなったはちみつを使う時は、容器ごと湯につけ、よくかき混ぜると軟らかくなります。

温度は60度ぐらいが適当で、あまり温度を上げると、風味や香りが失われますので注意しましょう。



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命と対面する感動〜出産は心のケアが重要に



(佐藤昌司・九州大講師)

 極めて安産の方から、命を賭(と)した分べんまで、さまざまな出産の場に立ち会ってきました。

わが子と対面する女性の表情は例外なく美しく、母の顔になっています。でも、1人の女性の表情

が母親のそれに変わるのは、出産の時に始まるのではないな、とも感じます。

 近年、どの産婦人科病院にも超音波断層装置が備えられるようになりました。初めて胎動を感じ、

「わが子の実感」を持つのは妊娠5か月ごろでしたが、この装置のおかげで、

胎児がまだ数ミリの「胎芽」と呼ばれる時期から認識できるようになりました。

 そして、白黒の超音波写真に写った白い点を見る女性の顔はすでに、初々しい母親の顔に

変わっているのです。たくましさをのぞかせながらも、小さな命を包み込む母の表情です。

これを「母性」と呼ぶのならば、妊娠した時に、小さな命との対面は行われているのです。

その母性を膨らませ、無事ゴールに導くのが、我々医療スタッフの仕事でしょう。

 核家族化が進む中、安全なお産とともに、心のケアが重要視されています。

医学的には、日本の胎児・新生児の医療は、周産期(妊娠満28週以後から生後7日まで)

の死亡率が世界で最も低いことが示すように、高水準を誇っています。それだけに、赤ちゃんの

体のことだけを考えるのではなく、お母さんの身体的、精神的側面をバックアップしながら、

母子ともに健康な妊娠・分べんを迎えることが、何より重要です。

 そのことが、新しい命との対面をより大きな感動の場に導き、健全な母性の育成につながる

ことを痛感しながら、日々、お母さんや赤ちゃんと向き合っているのです。







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