なるほど 11
飛鳥仏教の扉 善信尼が開く
わが国に仏教が伝来したのは6世紀のことで、最初の出家者は女性だった。
法隆寺金堂の釈迦三尊像や、飛鳥寺の飛鳥大仏を製作した鞍作鳥の叔母にあた
る善信尼(俗名は嶋女)がその人である。出家した時、彼女は17歳だった。
善信尼と2人の弟子は、仏教の受容に反対する物部守屋が遣わした役人に、
法衣を奪われ鞭(むち)で打たれるという辛つらい目にも遭った。
善信尼とその弟子は桜井寺(後の豊浦寺)に住んだ。そのころ渡来した百済
の使者は 「この国はただ尼寺ありて、法師寺および僧なし」と語っている。
仏教を受容したころ、わが国には尼寺しかなく、尼しか存在しなかった。
仏教の受容に反対した物部氏が滅びると、善信尼は百済へ渡って受戒の法を
学ぼうと決意し、蘇我馬子に申し出た。「出家の途は受戒することが根本です。
百済へ行き、受戒の法を学んできたいと思います」
1400年以上前のわが国は、若い女性が国外で勉強したいと希望し、それが
実現する国家であった。善信尼の言葉は、彼女が求法に生きる真の出家者であっ
たことをよく示している。このような女性によって、わが国の仏教は、
その歩みを始めたのである。
善信尼は、百済から帰国すると、尼衆を指導し、仏教の興隆に貢献した。
白いフォグランプ
(Q)
以前は車のフォグランプは大半が黄色だったのですが、
最近白ばかりです。どうなったのですか。
(A)
運輸省によりますと、道路運送車両法の保安基準(省令)
で前部霧灯(フォグランプ)は(1)白か淡黄色(2)ヘッド
ライトより下で地面から25センチ以上につける(3)他の交通
を妨げてはならない(対向車からまぶしくない)−−ことなどを
決めています。フォグランプはヘッドライトに比べ、手前を幅広く
照らすようになっています。白い光は波長が短いため、霧の中では
水の粒子に乱反射して壁ができたようになり視界が遮られます。黄色
は波長が長く、先まで見えます。逆に黄色のランプはフィルターを
つけるため、約20%暗くなるというマイナス面もあります。最近は
霧の中の走行用より、ヘッドライトの補助灯としての役割を求める人
が多く、自動車メーカーも、白色を採用するケースが大半です。
恵比須・大黒…七福神巡り静かなブーム
世の中混沌とし、人々が生活に不安を抱いた時代、世は「福の神」の到来を願った。
まず末法思想のひろがった平安時代末期に、恵比須・大黒の信仰がひろまり、動乱の
続いた室町時代末期に、恵比須・大黒・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋和尚
の「七福神」が勢ぞろいし、江戸時代の文化・文政期に「七福神巡り」がはやり、いま
また七福神巡りが静かなブームを呼んでいて、全国に百数十もの七福神巡りのコースが
生まれている。
こうした七福神のなかで、やはり恵比須・大黒がその代表である。恵比須は夷とも書
きむしろ夷のほうが本来の意味をよく示している。恵比須はもともと異郷からやってきて、
人々に幸福をもたらしてくれる神と信じられ、はじめ漁民に深く信仰された。恵比須の
ほこらに祭られているのは、必ずしも恵比須の神像や御札だけでなく、浜に打ち寄せら
れた浮遊物や海中の石などもある。それらはみな海の恵みであり、福をもたらせてくれ
るものだと考えられたのである。鯨やサメを恵比須と呼んで尊ぶ風は全国的である。
鯨やサメには必ず魚群がついてきており、鯨やサメが近寄ると
大漁をもたらしてくれるからである。
◆「福の神」到来願う
恵比須は漁民だけでなく農民や山民にも信仰され、恵比須を田の神や山の神として崇
めた。都市ではまた市神として信仰され、福利を招来する神として商人たちの信仰を
あつめ、また恵比須を台所に祭って、台所の神、家の神とするところも全国各地にみら
れる。こうして恵比須を福の神として全国にひろめたのは、摂津西宮戎(えびす)社の
神人たちであった。かれらはエビスカキ(人形舞)といって、傀儡(くぐつ)(操り人形)
の芸能を携えて各地を漂泊し、門付(かどづけ)芸をしながら、
西の宮の恵比須三郎左衛門尉、生まれ月日はいつぞと問えば、福徳元年正月三日、
寅の一刻まだ卯の刻になるやならずに、やっすやっすと御誕生なあされた……
と歌い、恵比須の神徳を説いてまわったのであった。この恵比須舞が日本の操り人形、
人形芝居の源流となったのである。
大黒はもともとインドの摩訶迦羅(まかから)という荒々しい天界に住む仏とされて、
寺院の台所などに祭られていた。その信仰がわが国にもたらされると、天台密教では
比叡山の守護神とされ、さらに各寺院の食堂に祭られることになった。ここから寺院
の住職の女房を、寺院の食堂を主管するものとして「大黒さん」と呼ぶ風が生まれた。
この大黒が福神として庶民に親しまれるようになったのは、大黒と大国主命の信仰と習合
混同したからであった。そこから円満福徳の容姿がイメージされるようになったのである。
この大黒信仰の民間へのひろまりも、恵比須舞と同じように、大黒舞を演じる漂泊
芸能者の活動によるものであった。かれらが、一に俵ふまえて、二ににこっと笑うて、
三に酒つくりて、四に世の中よいように、五ついつものごとくに、六つ無病息災に、
七つ何事もないように、八つ屋敷をひろめて、九つ小倉を建てならべ、十でとうとう
納まる御代こそめでたかりけれと、めでたい言葉を並べたことから、俵に両足をふまえて、
打ち出の小づちを持った、福々しい顔をした大黒の姿が固定したのであった。そして大黒
の信仰が農村にもひろがり、主として西日本では田の神として祭られた。
この大黒が恵比須と一対で祭られる風の生まれたのは室町時代の中ごろからで、
それ以来民間の台所などで恵比須・大黒が並んで祭られることが普通になった。
この大黒の司祭者がほかならぬ主婦であるところから、女の神様だとされるようにも
なった。そしてまた大黒の御使いがネズミであると考えられ、ネズミが霊獣視され、
ネズミがしばしば災害を予知する霊能を持ち、火事や地震が近いと、家にいたネズミが
姿を隠してしまうといわれ、さらにはネズミが家にいるあいだは大黒の加護があるが、
ネズミがいなくなるとその家は衰えるのだともいわれるようになった。
だんご粉の特徴は
(Q)
もち粉、だんご粉、白玉粉などいろんな種類があり、だんごを作る時に
どれを使えばいいか悩みます。どう違うのでしょうか。
(A)
穀粉メーカーの五百城いおきニユートリイ(兵庫県姫路市)に聞きました。
だんご粉はうるち米から、もち粉と白玉粉はもち米から、それぞれ作ります。
だんご粉は関西ではきねでつきますが、関東では熱したロールの間を高速で
通し、「上新粉」と呼んで名前も違います。
白玉粉はもち粉に比べ粒子が細かくなっています。製法の違いによるもので、
もち粉はきねつきで作るのに対し、白玉粉は水と一緒に粉をつぶし、沈殿した
粉を天日で乾かします。このためツルツルした食感があります。もち粉は粘り
が大きいので汁粉などに入れます。白玉粉でつくった団子(白玉)は冷やして
食べるのに向いています。三色団子などを作る場合はやはり、名前の通りだんご
粉が一番適しています。
「白物家電」どんな商品
(Q)
新聞で「白物家電」という表現がありましたが、どのような商品を
指すのですか。「黒物」や「赤物」もあるのですか。
(A)
家電メーカーによりますと、アメリカで業界関係者が冷蔵庫や洗濯機
など白っぽい外観の家電製品を「ホワイト・グッズ」と呼んでおり、日本
でも60年代に家電製品が普及し始めたころから、和訳して「白物家電」
と表現するようになったと言われています。明確な定義はないのですが、
家事・調理関連の製品を指す場合が多く、電子レンジなども含まれます。
扇風機など季節商品は除きますが、エアコンは通年で使うことも多いので、
「白物」と呼ぶケースもあります。
アメリカでは、ステレオやテレビが木目調だったことから、音響・映像
(AV)機器を「ブラウン・グッズ」と呼んでおり、日本でも「黒物」と
称した時期もありましたが、定着しなかったようです。
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