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犬士駆ける!

犬士駆ける!第2話

第2話[江戸の街に]

「疲れたか?結黒烽「たからな」
犬士は後ろからついて来る少年に声をかける。
気のせいだろうか、初めて彼女に会ったときより、心なしか明るく見えていた。
「大丈夫…慣れてるから」
長い槍を手に、少年はぱたぱたと付いて行っていた。
「江戸は初めてか?」
「一回・・・ずっと前に父ちゃんと一緒に来たことあるけど・・・あんまり記憶に無い」
「そっか・・・」


数時間後…二人の前に、大きな街が姿をあらわした。
道行くたくさんの人、物売り、店の数々。
「す・・・ごい」
「どうした?目ぇまん丸くしちゃって?」
少年はただただ圧倒されるばかりだった。
今までひなびた村や山の中で暮らしてきたので、こんなにたくさんの人々は見たことが無かったからだ。
「ここにねーちゃんの家があるの?」
「あぁ、もうちょっと歩いたとこにな」

2.3分ほど歩いた所に、ちょっとした家々の並びがあった、いわゆる長屋だ。
井戸の回りでは、たくさんの女たちが野菜を洗ったり、洗濯をしていた。
「よぉ!今帰ったぜ」
「あ、さきさんお帰りなさ〜い」
「おかえり〜」
「遅かったじゃない〜待ってたわよ!」

あっという間に人垣が犬士の回りに出来た。
どうやら彼女はかなりの人気みたいだ。
「あぁ・・・分かった、すまん、疲れてるんで今夜はちょっと・・・」

ふと、女性の一人が、後ろにぽつんと立ち尽くしていた少年の姿を見つけた。
「あら?さきさん・・・この子は?」
一人が言うやいなや、一斉に注目が少年の方に向く。
「あら、かわいいじゃない」
「どうしたのこの子、もしかして・・・さきさんの隠し子?」

「え・・・っと、その」どう答えていいか分からない。

犬士が小さな声で答えた。
「こいつとは旅の途中で会ったんだ・・・色々あってな、俺と同じ天涯孤独の身さ・・・みんな、よろしく頼む」

少年の前にいた女性が、少年の手をぐっと握る。
「そっかぁ、でも挫けるんじゃないよ、あたし達ゃみーんな味方だからね」
「そうそう、さきさんがいてくれるからここの長屋住まいも安心できるのさ!」
「よろしくね、ぼく」
「そうとなったら、今夜はさきさんとこのおちびちゃんの為においしいご飯作らなきゃね〜」

「あ、あの・・・」
すっかり緊張してしまった少年の肩に、犬士はそっと手を置いた。
「この街の連中はみんな俺たちの味方だ、怖がる必要ないって」
「うん・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
長屋の奥の方に、犬士=さきの家があった。
おおよそ武士の家とは思えない作りだが、そこそこ場所柄はよさそうで、広々としている。
「お、与平のやつ、畳変えてくれたんだ」
少年は、新しい畳の匂いが心地よい、大きな部屋に案内された。
「すごい・・・」
縁側で足を洗っていた少年が、思わず感嘆してしまった。
「別に凄くなんかねぇって、何にも置いてないだけだから」
ゆったりとした服に着替えたさきが、小さな机を持ってやってきた。
机の上には、半紙と硯と筆。

机を少年の前に置いたさきは、さらさらと半紙の上の筆を滑らす。
「俺の名前はこう書く、狩る野と書いて《かのう》って読むんだ」
書きあがった字を、少年の前に見せた。


「狩野 さき」


「え・・・うん」少年はちょっと迷った顔で答えていた。

「お前の名前、まだ聞いてなかったな、何ていうんだ?」
「・・・そうすけ」照れくさそうに少年は答えた。
「そうすけ・・・か、どうやって字だい?」
机をくるっと少年の方に向け、筆を渡した。
「え・・・っと」
・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
「その・・・僕」
・・・・・・・・
「ごめん・・・あの・・・」

「あ・・・そっかぁ」ようやく少年の沈黙に気づいたさき。
「その・・・字って・・・」
さきは、少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ちょっと待ってな」

さきが裏口から姿を消して数分後。
「で、この子なんだけど・・・」
さきが、同い年くらいの青年を連れてにやってきた。
よれよれの服と眼鏡、それにぼさぼさの髪。
お世辞にも素敵とはいえない風貌だ。
「あ、こんにちは、そうすけ君」
「紹介するよ、お隣の耕吉って学者のたまごだ」
容姿と裏腹な優しい声。

少年もぺこりと頭を下げる。
「で、悪いんだが・・・お前ぇんとこ、まだ空きあるよな?」
「大丈夫ですよ、さきさんの為ならいくらだって」

「えっと・・・一体?」少年には何がなんだかさっぱり見当が付かない。
「そうすけ・・・この耕吉はな、勉強のかたわら、手習いやってるんだ」
「手習い?」
「手習いっていうのはね、みんなに学問や字を教えるところなんだよ」耕吉も一緒になって答える。
「・・・・・・・・」
「この先…生きてくからにゃ、字ぃくらい書けないとお粗末だぞ?」
「でも・・・おいらそんな」
「あ、お金とかそういうのは心配しなくていいから、みんなさきさんにお世話になっているんだから、これくらい」
「え…?」
「ま、安心しろって」さきは、少年の背中をぽんと叩いた。

「う…ん」


─夜─
あんなに慌しかった外の喧騒が、すっかり静まり返っていた。
みんなに紹介されて、美味しいご飯食べて、久々に風呂に入れて…
しかし、いまだに心が晴れない。
昨日まで、父の仇を探しに辛い旅路を歩んできた少年にとっては、まさに今は…夢のようでもあった。
本当に夢なのかな…?
「疲れたか?」さきが、少年の肩にそっと手をやる。
そうすけは、寂しげな目をして振り向いた。
「まだ…ちょっと分らないよ…おいら」
「分らない?」さきは、その答えに少々驚いた。
「なんていうか…その、昨日までが嘘みたいでさ、それに…」
「もう…それ以上言うんじゃないよ」
さきは、そうすけをそのまま胸に抱きしめた。

ぎゅっと。

「さ、さき姉ちゃん!…」
出歩いていた時とは違い、胸が今までより柔らかい。
多分、さらしを巻いていたからだろう。

「なんかさ…似ていたんだ、お前の目がな」
「目?」胸の隙間からようやく鼻先を突き出す。
「あぁ…俺の小さな時にな…」
「……」

そのまま。無言の時が過ぎる。


「さき姉ちゃん…」
「ん?」

「あったかいね…」

月の静かな明かりが、二人を柔らかく包み込んでいた。


第2話、おしまい。

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