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オーロラのたなびく地で。

オーロラのたなびく地で。


ときどき、変な夢を見る。
寒風が吹きすさぶ中、誰かの暖かい胸に抱かれる夢を。
でも決まって最後には、薄淡いカラフルな光の中で目が覚める。
あの光は何なんだろう。
あの暖かな胸は…誰なんだろう。


「ふう…あとはこの荷物だけか」
荷造りはほぼ整った、あとはこの、思い出の詰まったタンスだけ。
でも、思い出はすべてここに残そう、また戻る時があると困るから。
そう、私はこの生まれ育った町を出よう、って決めたんだから。

だけど…
ふと何か思いにかられ、タンスを開けてみた。
ギキィ…油の切れた重い音。
懐かしい匂いと共に、小さな頃の私の服や、ぬいぐるみが迎えてくれた。
みんな…私をさびしがらせない為に、祖母が買ってくれたものだ。


私は両親の顔を知らない。
私が1歳半のときに、車の事故で亡くなったって聞いただけ。
それ以来、祖母が私の親。
別に《親なんて私には最初っからいなかった》って考えちゃえばそれで済む。
そんな思い出、私には無いから。

だけど…何か、心の隅っこが物足りない。
寂しい気持ちじゃなく、かと言って両親のいる他人の家庭がうらやましい訳でもなく。

だから、私は都会へ出ようって決めた。
こんな物足りない思いのある寂れた村じゃなくて、もっと人を探しに。
どっかで仕事見つけて、自活して、いい家買って…

「でもなぁ…お前だけは特別に連れて行ってやるか」
私は、タンスの隅で寂しそうに私を見つめているクマのぬいぐるみを手にとった。
一番最初に祖母が買ってくれた一番のお気に入り。
そして、ふと手にとった時…何かがぱらりと床に落ちた。

「?」

紙切れ?いや違う。
それは色あせた一枚の写真だった。
ぬいぐるみを抱きしめ、その写真を見てみた。

雪の中、私に似た感じの人が二人。
その一方は、赤ちゃんを抱いていた。
「…誰だろう?」
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「あぁこれね、お前が生まれてすぐのときに撮った写真だよ」
居間でお茶を注ぎながら、祖母が答えてくれた。
もう80超えたっていうのに、未だ足腰はピンピンしているし、病気一つしたことが無い。
とにかく若い、だから私は…安心してここを出られるんだ。

「でも何でまたこんな雪の中で?」私は祖母に尋ねてみた。
「お前にオーロラを見せたかったって言ってたね…確か」
写真を見つめていた祖母の瞳が遠くなる。
「オーロラ?」初めて聞く言葉だ。
「この村のずっと先にね…何諸Nかに一回、それが見られる場所があるのさ」
祖母はふと、窓を見つめた。
うっすらと雪が積もっている、もうすぐ本格的な冬だ。
「だから、オーロラって何なのよおばあちゃん」遠まわしな答えにちょっと腹が立った。
「……」祖母はそのまま、窓をじっと見つめていた。
「おばあちゃん…」

「とっても寒い日の夜にね…空と風が七色のカーテンに変わるんだよ」

「七色の…カーテン??」
改めて写真を見てみる。
そう…背景にうすぼんやりと何かが見える。
まるで、柔らかなシーツを思い切り空に広げたかのような感じの光の波が。
だけども、この色あせた写真じゃ七色までは分らない。

「どうしたの?じっと魅入っちゃって?」祖母が私にそっと話し掛けた。
「あ…え、いや、ちょっと気になっちゃって…オーロラっていうのが」
少しぬるくなってしまった紅茶を飲み干す。



「七色のカーテン…オーロラ…かぁ」
ふぅとため息をつくと、紅茶の白い吐息が部屋にぽっと浮かんだ。

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─昼過ぎ─
親友のレニィにちょっと相談をもちかけようと思った。
あれから祖母に聞いてみたのだが、オーロラの見える…この写真を撮った場所…は、ここからそう遠くないらしい。
けど、やっぱり一人じゃ心もとない、それに何mも雪が積もっているところらしいし。

「あれ?どうしたの、出るの来週にするって確か?」
レニィは学校時代からの仲良しだ。
成績優秀な彼女は、都会へ出て大きな学校へ行きたいとかで、そんな私と意気投合。
来週には一緒に行こうねって決めたばかりである。

「ちょっと相談なんだけど…」彼女の部屋で大好物の手作りクッキーを頬張りながら、彼女に聞いてみた。
「まさか、街に出るのを延期しろ…とか?」レニィのメガネの奥の瞳が怪訝そうに尋ねる。
「ううん、じゃなくって…」
私はレニィに両手を合わせて頭を下げた。

「お願い!一緒にオーロラ見に付き合って!」




「へ???」

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レニィは私のわがままを快く聞いてくれた。
「ごめん、私運動オンチだしさぁ、オマケに方向オンチだし」
彼女の家の納屋の中、あるものを探していた。
「まぁ確かに、あなた一人で雪山行くのは自殺行為だもんねぇ」
ぼやきながら彼女は、棚の奥から埃に埋もれた長い袋を取り出した。

それは…スキー用具。

「ちょ、ちょっと私、スキーなんて出来ないよ!?」
それに私、一日やそこらで滑るのなんか会得できない……焦った。
「大丈夫、クロスカントリータイプだから、斜面とか滑ったりしないよ」
よっこらしょと彼女は、埃まみれの板を私に手渡した。
「クロス…あ、歩く方のスキーだね!」

ようやく私は納得できた。



それから私とレニィは、日取りを決めた。
一応、滑り方とかも教わらなくちゃいけないし、それに雪用の色々準備しなくちゃならない。


そして、決行日は決まった。



…3日後!



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「…もぉダメぇ…死ぬぅ〜」
「ほらほら、まだ30分も経ってないじゃない、遭難したくないんだったらさっさと動きなさい!」
「あ〜!もぉヤダぁ…」

交通費とかをどうにか節約したい私とレニィは、ヒッチハイクがてら近くを通りがかったトラックの人にお願いしてもらった。

揺られること1時間…
誰の手にも荒らされていない、一面の白い世界が広がっていた。
「嬢ちゃんたち、スキー場行くんだったらまだ先だぞ?本当にここでいいのかい?」
初老の人の良さそうな運転手のおじさんは、怪訝そうな顔で私に答えた。
「ええ、ここでいいんです、それにスキーするのが目的じゃないし」
「へ?スキーじゃない?」呆然とするおじさんだった。


慣れないスキーを履いて、30分後…
「さぁどうする、やめて帰る?」雪の中に大の字に倒れている私に、レニィが檄を飛ばした。
「…やだ」顔面を雪にうずめたまま、私は話した。
「じゃあ立って進まなくちゃ、ここら辺は全然人気がないし、家も無いんだからね、遭難したら一発でアウトだよ」
「はぁ…」

私の脳内プランだとスムーズに事を運べたんだが…雪の世界は厳しかった。
何より思うように足が進まないし、普通に歩くより体力めっちゃ使う。
─こんな無謀なこと、どうして思いついちゃったんだろう─
少し悔しくて、少し情けなくて。

仰向けにごろんと転がり、胸ポケットからあの写真を取り出す。
「…………」
「どうしたの、行くの?行かないの?」レニィの口調が少しいらつく。

─そうだ、私のパパとママだって行けたんだもん、私に行けないはずが無い!─

私は重い体を強引に持ち上げ、両手で顔をパンパンと叩いて喝を入れた。
「ごめん、もう泣き言言わないから許して」
レニィの目も真剣に変わる。
「よーし、どんどん行くわよ!」

そう、ここで引き返したら…私は両親の心を裏切ってしまうことになる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
空に星が瞬きかけてきた頃、遂に目標が見えてきた。
「ここだ!」もはや私の体力は限界寸前。
足が棒になってきたというより、私の意志とは無関係に前へ前へと進んでいるように感じられてきた。
「…で、オーロラって一体どういうの?」レニィの言葉に全然疲れは見られない。
そう、そこは漆黒の空に満天の星、どこにもその兆候は見られなかった。
「出ないね…オーロラ」ほっと白いため息をはいて、私はその場にどっと座り込んだ。
「でもしょうがないよ、いっつも観られる訳じゃないんでしょ?ここへあなたが来られただけでも助ェ収穫だって」
レニィは、ザックから取り出したカップに雪をさくさくと入れていた。

「やっぱ…駄目…か」
私がそうもらした瞬間

ざわ……ざわざわ…
遠くに立っていた木々が、まるで何かをささやくかのようにさざめき出した。
「何…これ…」
風が吹いているわけでもない、頬に寒さは感じられないから。
立ち上がってあたりを見渡すが…熊とかの生き物でもない、だって周りの木立が一斉に動いているんだから。
そう…何かが、何か別のものが「吹いて」いるのだ。

その「吹くもの」は、しだいに私たちの方へと範囲が狭まりつつあった。
「きゃっ!」
一陣の風…いや違う、それは刺すような冷たさじゃなかった。
何かこう、ビロードのような滑らかさと、懐かしい匂いが感じられたのだ。
レニィが何かを叫んだ。
「ねぇ、これ…一体!?」
「!!!」

空一面にカーテンが舞っていた。
今まで見た事もない「色」が幾重にも重なった、言葉じゃ形容できないカーテンが。
それは、吹いていないはずの風に舞いながら、1秒ごとにふわりと形を変えていた。
「す…ごい、これがオーロラ?」レニィぽかんと口を開けて魅入っている。
「…………」


─とっても寒い日の夜にね…空と風が七色のカーテンに変わるんだよ─
あのときの祖母の言葉が耳をよぎった。
(空だけじゃないんだ…私たちのいる…ここも)

ふと、純=[トルほど先に人影が見えた。
(今まで人なんていなかったのに…一体?)
全然動かなかった足を、その人影へと進める。
姿がおぼろげに見えてきた。

「あ…」
そう、私は…知らないけど知ってる…

心の中に、暖かな話し声が聞こえてきた。

─ごめんね、こんなところにまで連れてきちゃって─
─ほんと、あなたって変わってるわね、「オーロラをこの子に見せてあげたいんだ」っていきなり言うんですもん─

─あぁ、僕の計算だと、今日を逃せば10年以上は見れなくなっちゃうんだ─

─だから…ここへ?

─そう…きっと君は喜んでくれるんじゃないかと思ってね─

─あなた…







─あら、この子…オーロラみて笑ってるわ─

─判ってるんだね、きっと…

─そうね、きっと…


「私、見てたよ…そして今も…見てる…」

不思議と涙は出なかった。
だって、それ以上に心の中が暖かかったから。


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人影は、私が近づくにつれ、だんだんと消えていった。
そして、オーロラもそれに呼応してか、すこしづつ星空に薄れていった。
風の音も、また元のように冷たく戻りつつあった。

「ほら、これであったまって」
呆然と空を見つめていた私の前に、レニィは湯気の立つマグカップを置いた。
…いい香りの紅茶だ。
一口飲む、とても澄んだ味。
「おいしいでしょ、この雪解かして淹れてみたのよ」
レニィは自慢げに私に言った。
ほっ、と私の紅茶色の香気が風に舞う。

私は…ふと思った。
「ねぇ…レニィ」
「?」
「ごめん、この街出るの、もうちょっと延ばしてくれる?」

このオーロラを見て思った。
自分は、パパとママが…このオーロラを見ていた街を…捨てようとしていたことに。
今ここから出て行ったら、私は…両親の思いすら捨ててしまうんじゃないか、って。

きっと…オーロラ達は、私達の想いに応えてくれたんでは…
でなきゃ、風がこんなに暖かなわけないもん!

「ふぅ…あなた絶対に言うと思ってた」レニィは、ため息混じりに私に答えた。
「え…?」
「多分この景色見て、離れたくない!って思ったんじゃないかって感じたんだ…」
「うん…私、やっぱ捨てられないよ…ここを」
私は空を見つめた。
満天の星達は、今にもここめがけて降り注いできそうだ。

「しょうがないな、全く」
レニィはカップの紅茶を一息に飲み干すと、ぽんと私の肩を叩いた。
「え…じゃあ」
「私もあなたと一緒に残るよ、まだ勉強やり残した所あるしね」
その言葉が嬉しくって、私は思わずレニィに抱きついてしまった。
「ありがと、レニィ!」

ぼふっ
「わわっ!」
たまらず一緒に雪の中に倒れてしまう。
だけども関係ない、うれしさで一杯だから。


─ありがとう─


暖かな雪たちが、私の耳元でちょっぴりささやいたような気がした。


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